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月曜日はでっかいお月様が出るんだってね。
今日の月もキラキラしてるよ。

意味もなく泣けてくるのは、月の光で思い出す彼女と、もうすぐ命日がやってくる日和さんを思い出したせいかな。
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2014.08.09 今日は今日
先月、祖母が亡くなった。
母方のばーちゃんで、わけあってここ2年半、うちの実家にいた。
うちに来た当初は、断食したりしていたらしい。
食べなければ死ねると思った、って母に言ったのだと。
きちんと話して、そういうことはしないでのんびりしてたらいいと説得?してからは楽しそうにしていたらしいけど。
まぁ、ばーちゃん的には長女の嫁ぎ先にお世話になっていたわけで、父曰く
「いーっつも気ばっかり遣って、謝ってばっかりだった」
とのこと。
別にいいんだから、平気だからと何度言っても、そこは直らなかったらしい。

あたしにしてみたら、実家帰るたびにばーちゃんがいるわけだから、単純に嬉しかった。
ひ孫の顔も見せられるし。
実家には弟夫婦もいたから、甥や姪たちもひぃばーちゃんと遊んだりしていたし、それなりに楽しく過ごせていたと思いたい。

具合悪くなって入院したのが5月末。
特に病名がある病気だったわけではなく、ちょっと心臓弱ってるから不整脈出たりで呼吸困難になり入院。
今までもこんな感じでちょっと入院したり、戻ったりしていたのだけど…

実家に帰ってばーちゃんと話をしていた時、
「なかなかお迎えが来なくて参っちゃうよ」
と言っていた。
居候させてもらってて申し訳ないっていう気持ちと、生きることへの疲労みたいなものもあったのかもしれない。
でも、そんなこと言われると切なくてね。

2週間の入院が、ご飯食べられなくて体力戻らないからとズルズル伸びた。
一度お見舞いに行ったとき、また「もうこのままでいい」と弱音を吐いていたばーちゃんに、
「慌てなくてもお迎えは来るから、今は諦めて元気になること考えて」
と言ってきた。
手を握って、何度も何度も
「ごめんねぇ、わざわざ来てくれたのにばーちゃんこんなんでごめんねぇ」
と謝られて、涙腺崩壊しそうだったけど一生懸命笑った。
「謝んなくていいから、早くおうちに戻ってきて。お盆にまた帰ってくるから」
と。

結局、願いかなわず7月に亡くなってしまったのだけど、いつも周りに感謝の気持ちを述べ、最期まできちんと自分の意志で生きてくれたばーちゃんには感謝の気持ちしかない。
母の実家は山の上の方で小さなお店をやっていて、夏休みや冬休みに遊びに行くと、いつもアイスやジュースをくれた。
あたしがオロナミンC大好きなのは、母の実家でいつもばーちゃんにもらって飲んでいたからだ。
母の実家はあたしにとってサンクチュアリで、唯一愛されていると感じられる場所だった。
実家にいるときは弟や妹いたからそっちばっかり大事にされてるように思ってたし。

葬儀の時、あたしはオロナミンCを持って行った。
沢山もらった愛を、あたしはこれから自分の周りの大切な人に注いでいくことを誓った。
これからも、あたしにとってオロナミンCは特別な飲み物で、一番好きな飲み物に間違いない。
人との別れはつらい。
好きな人であればあるほど、つらい。
これから先、何度辛い思いをするんだろう、と考えるとそれだけで泣きたくなる。
それでも、生きなくちゃいけないと知ってるし、去っていく人たちが願っているのは、自分の愛した人たちの幸せだけだってことも知ってる。

ばーちゃんの葬儀で、うちの父が親類代表挨拶みたいなのを出棺の前にすることになっていた。
原稿はあたしが書いた。(書いてくれと言われたので)
ばーちゃんへの想いを、父の口を借りて皆の前で伝えられたこと、とても嬉しかった。


きっと今日、ここに来る人がいるだろう。
一人では我慢できずに、同調したくてグルグルしてる人がいるだろう。
そんな人のために用意した。
今日の、月だよ。
大丈夫。
いつもそこにいてくれてるよ。

曇ってて見えない時も、ずっとね。  large.jpg
どうしても来てしまうのね、この日…


KAZUさんへ。
いつまでも、変わらぬ愛を。。。



『かげぼうし』


雑踏の中 駅のホーム 流れる景色の向こう
探してしまうよ 優しい影を
明日になったら それとも来年? もっと先には
その影踏めるくらい 近付けるのかな

雨の日も 晴れの日も
いつもそこにいると感じてる
なのにそれだけじゃ物足りなくて
あなたと手 繋ぎたくて

星が啼きはじめたよ
届かない想いいくつも抱えて
重たくて飛べない
だから離してあげる

星が啼きはじめたよ
いつもいつまでも変わらない
大事なことだけを
絶対に離さないでいる

空に月がのぼる限り
あなたは消えない
わたしが生きている限り
あなたは消えない

星が啼きはじめたよ
照らす月の光に
ほら
優しい影が出来た

暇な連休、なんとなくネット上をふよふよしていて読んでしまった。

ばあちゃんな。おれのことおぼえてないんだよ

認知症が急増しているというニュースがあったけど、あたしも仕事柄その手の話に
なんとなく敏感になっていたりして記事を読んだりするのですが…
記事を読んで数字を知るより、実際こんなことがあるのだという話を聞く方が、
よっぽどためになるような気がします。

人間の構造は医学で解明されているよりきっとずっと複雑に出来ているのだろうな。
などと、このブログを読んでいて思ってしまいました。
そして、このお話の途中に出てくる

親父よ。あんたは幸せだったのかい?

これも、なんだかとても考えさせられるというか…
誰かを「想う」気持ちっていうのは、本当に深いのだなと改めて知らされたような…
子供の立場、親の立場、今は両方がわかるだけに、ちょ~号泣というか。

親と自分、という関係性で言うと、今の自分は「親」の立場であることが強い。
でもこれが、祖父母と孫、という関係性であると、間違いなく自分は「孫」でしかない。
孫にとってじーちゃんやばーちゃんは特別なものだ。
逆もまた、そうであるように。
年を取ればあちこちガタがきて、体が弱くなっていったり記憶が曖昧になったり
色々な支障をきたすのは仕方のないことだと思う。
でも、孫としてはそれがとてつもなく切ないね。

大切なのは、思いを伝えることなのだろうな。
常に好きな人には好きと伝えること。
大切な人にありがとうと伝えること。
案外、身内に対してはやってないのかもしれない。
血が繋がってると恥ずかしくて言えないことや出来ないこともある。
その一線を飛び越えて、思いを伝えていくことがすごく大事なんだな…

と、今日はそんなことを思ってみた。


あたしは、
「幸せな人生だった」
と言って死ねるだろうか…

KAZUさんが空に還ったのは、1年前の今朝のこと。
入院したと聞かされ、ただじっと帰りを待つしかなかった人の中の、あたしはひとり。
皆、同じようにKAZUさんが戻ることを信じ、祈っていた毎日。

頑張れ

負けるな

信じてる

祈ってる

どれもKAZUさんにとってはしんどい言葉だったのかもしれないけど、
そう言わずにはいられなかった。


数日前、KAZUさんからもらったメール。

『ありがとう。明日ちゃんにあえてよかった』

あたしもだよ。
だけどそのとき、応えなかった。
メールなんかしてないで、寝て!待ってるから!絶対戻ってこい!
そんな返事をした気がする。
そしてそのことは、あたしの中で一生、悔いとして残る。

大好きだよ。
あたしもKAZUさんに会えてよかったよ。
幾万分の一の確率かは知らないけど、KAZUさんと知り合えて、
同じ時間を共有することが出来たこと、奇跡だと思ってるよ。
ずっとずっと大好きだよ。

そう、応えなかった自分を、一生責めるよ。


想いは、抱いているだけではダメなんだ。
必ず相手に伝えなくちゃいけない。
そんなこと、知ってるつもりだったのにな。

この1年を、長いと感じた仲間もいるだろう。
あっという間だったと思う仲間もいるだろう。
まだ1年しか経ってないのか。
もう1年も過ぎてしまったのか…
あたしは、悲しみにどっぷり浸かっている時間すらあまりなく、
時折空を見上げては、月を見て呟いていた。

おーい。

だけどKAZUさんに掛ける言葉もなくて、ただただいつも、

おーい。


1年前も、そして今日もあたしは仕事だ。
KAZUさんを想う。
どこでなにしてても、それが区切りの日であろうとそうでなかろうと、
あたしはあたしなりのやり方で、あたしだけの想いで、遠くからそぉっと
KAZUさんに想いを馳せるよ。




  ダ  イ  ス  キ  ダ  ヨ   無題
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